ネタ切れなので僕が経験した嘘のような話をします。
結構有名なので知ってる人は知ってるかも。（被害者多数）
もう一度言いますがガチです。
「柏に行きたい」
その日は手が悴むような寒い冬の夜だった。
時刻は既に21時を過ぎているからか、人混みも落ち着き始め、ゆったりとした足取りで改札口を通る。
あぁ、寒い。帰ったら速攻で風呂に入ろう。
寒さにはめっぽう強い俺だけど、この日の夜は本当に寒い。
少しでも暖を取るため、ポケットに手を突っ込んだままバス停に向かって歩いていると、袖を引っ張られる感覚があった。
ん？と思いつつ振り返ると、ジッと俺を見つめる性別不明な人がいた。
身長は150cmにも満たなく、30代と言われればそう見えるし、50代と言われればそう見えてしまう人だった。
それに男の俺よりも短い髪で服装はロングTシャツに長ズボン。
本当に性別が分からない。
「どうしました？」
そう話しかけると、小さい声で何か言ってくる。
「…い…たい」
驚くほど声が小さかった。
とりあえず困っていることだけは分かったから、しゃがんで耳を傾けることにした。
「柏に行きたい」
掠れた声でそう呟いてきた。
若干高い声だから女性かな？そう思いつつ手短に答える。
「あ、柏駅ですね。後ろの改札を通って1番線に乗るとすぐに行けますよ！」
いきなりだったけど、ちゃんと答えれてよかったぁ。
急な対応に弱い俺は、そう心の中で安堵しながら女性の反応を確認する。
俺の顔を見ながら動かない。
そもそも俺の目を見てるのかも分からない。
何と言うか、生気のない目と言うか死んだ目と言うか。
この辺りから目の前の女性に対して不信感を抱き始めた。
若干怯えつつも、もう一度話し掛ける。
「あー、改札口近くまで一緒に行きましょうか。」
そう言うと女性もついてきたので、改札口の前で1番線を指差しながらもう一度説明をする。
「ほら。あの左側の階段を降りて1番線に乗れば柏に行けますよ！」
女性は聞いてるか聞いてないか分からない目で俺を見つめて動かない。
あれ、聞こえなかった？そう思ってもう一度説明をするが動かない。
…完全にヤバい奴だ。
そう認識した俺はビビりながらも、
「あー、一通り説明したんで僕はもう行きますね」
そう言ってその場を後にした。
・・・
何か嫌な思いしたなぁ。とりあえず漫画でも読んで忘れよ。
そう決めてバス停ではなく、本屋へ向かうことにした。
本屋に向けて歩き始めると、周りの人達が不思議そうな顔で俺を見つめてくる。
何だ？俺の顔に何か付いてんのか？
嫌な思いをしたばかりの俺はイライラしながら歩く。
そしたら若いカップルと目が合った。
またか。と思っていたら、そのカップルの視線は俺の背中辺りに移動した。
何だ？と思って振り返っても何もない。
気を取り直して歩いていると、別のオッサンも俺の背中辺りを見てきた。
流石に不安を感じた俺は、あの女性に何か付けられたのかと思い始めて背中を見ようと振り返る。
あの女が背中にピッタリとくっついていた。
人生で初めて呼吸が出来なくなった。
理解が追いつかない。
だけどこのまま逃げ道の無い本屋なんて行けないと思った俺は、別の入口から駅に戻ってきた。
拒絶なんて出来るわけがない。冗談抜きで刺されるとしか思えなかったからだ。
大袈裟に聞こえるかもしれないが、鼻先が背中にくっ付く距離でついてくる女なんて人生で初めてだ。相手を刺激しないように気付かないフリをして歩くことしか出来なかった。
最初は怖すぎて頭が回らなくなっていたが駅員室内にいる駅員を見つけた途端、体が勝手に動いた。
全速力で避難するためだ。
後ろを振り返らずに駅員がいる改札方面へ走る。
本当に情けない話だが、鼻が背中にくっついている状態でついて来る女に心が折れていたんだ。
「助けて下さい。」
着いたと同時に駅員にそう言うが、聞こえなかったのか怪訝そうな顔で俺を見つめてくる。
あぁ全速力で走ったせいで上手く話せていないのか。…まぁここにいれば安全か。
そう思って先ずは呼吸を整える。
そして話をする前にあの女性が周りにいるかどうかを確認する。
いきなり訳を言わない理由は、俺の口から”女性に追いかけられてるんです”なんて言っても信じてもらえないだろうし、何より恥ずかしいからだ。
とりあえず周りを確認するがあの女はいない。
安心して駅員の方に目を向けると、駅員室の後ろ側からあの女は俺を睨んでいた。
誇張抜きで意識が飛びそうになった。
赤の他人からあんな目で睨まれたことなんて無いからだ。
俺の情けない顔に気付いた駅員が何か尋ねてくるが、あの女が怖くて頭には何も入ってこない。
硬直したまま目を合わして数十秒後、その女は離れていった。
「どうされました？」
駅員の声が耳に入ってきた。
落ち着いて声が出るようになった俺は、僕の勘違いです。と訳の分からないことを駅員に言ってその場をバス停に向かった。
・・・
バス停で待ってる間に段々と落ち着き始めた俺は、友人に電話をかける。
「いきなりどしたん？」
珍しくすぐに出てくれた。
唯一の女友達、ゴリワトソンだ。
普段はお前の愚痴を聞いてやってるんだから今日は俺に付き合え。
そう思って前置き無しに話し始めた。
「いきなり悪い。ヤバい女に追いかけられてさ。」
「やるやん。」
茶化されながらも、何があったのか聞いてくれた。
落ち着きを取り戻して、冗談を挟みつつ今日あった出来事を話していると、トントンと肩を叩かれた。
笑いながら後ろを振り向くと、
下から覗き込んでるあの女がいた。
自分でも驚くほどの叫び声を上げて走って逃げた。
後ろを振り返る余裕もない。
ポケットに入れていた鍵が落ちたがどうでもいい。
ただただその場から離れたかった。
立ち止まらずに走り続けた。スマホの着信に気付くまで。
ゴリワトソンからの鬼電に気付き、走るのを辞めて呼吸を整えてから電話に出る。
「死んだかと思った」
一言目でそう言われた。
「俺もだよ」
それしか言えなかった。
余談１
家に帰って今日あった出来事を親に話していたら弟が「あの小さくてキモい奴でしょ？俺にもついてきたよ」と苦笑いしながら言ってきた。
疲れ切った俺は返事もせずに弟を見る。
「んでさ、余りにもしつこかったから、いい加減にしろよ。こっちは急いでんだよ。って言ったら奇声を発しながら追いかけられたよ。ははは」
と言われた。
俺の弟はまぁまぁ狂っていた。
余談２
あの一件を忘れかけていた俺は、お気に入りの喫茶店へ行くために駅を通り抜けていると、茶髪のロングコートを着たホストみたいなお兄さんがあの女に追いかけられていた。
「やめて下さい」「ついてこないで下さい」「離れて下さい」と情けない声で叫びながら逃げていた。
普通に笑った。